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玉置妙憂(看護師僧侶)出家したワケ、経歴と家族を調べて見ました

看護師僧侶として、最後の時を迎える方のケアをしている玉置妙憂(たまおきみょうゆう)さん。

「慈憂庵(じゆうあん)」というYouTubeやオンラインサロンなども開いていらっしゃいます。

「人の生き死にから離れられないのはカルマ(仏教用語で業を指す)からなのでしょう」と穏やかに話される妙憂さんはどうして僧侶になったのか?

ご主人が関係していると聞き、気になったので調べて見ました。

玉置妙憂さんのプロフィールと経歴

名まえ:玉置妙憂(たまおき みょうゆう)本名は憂子(ゆうこ)

1964年10月8日、東京都中野区に大工の棟梁をしていた父親と議員秘書をしていた母親の間に長女として誕生します。

スクスクと成長後は、専修大学法学部に進学されていますので、お母さんの影響が強かったのではないかと思われます。

法律事務所に就職して、結婚。

長男を授かりました。

ここら辺までは、ご両親の職業がそれぞれ全く違うことくらいが珍しいくらいで、一般的ですね。


子どものために看護師免許を取得する

長男が重度のアレルギーだったことから、30歳で国立東京病院付属看護学校に入学。看護師の免許を取得します。

この時に看護教員の資格も取っています。

子どものアレルギーで30歳になって看護学校で学びなおすというのは素晴らしいバイタリティーですね。

このころに離婚を経験されています。

再婚、次男誕生、夫のガン

その後、カメラマンである2番目の夫と結婚。

39歳で次男を産みます。

この時期、妙憂さんは外科で働いていて末期のがん患者さんと接する機会が多かったそうです。

癌の末期治療に、その人の残された時間をどう使うことが良いのか…妙憂さんは悩みます。

そして、ご主人に大腸がんが見つかるのです。

ガン再発。きれいに逝く。

手術と抗がん剤治療でいったんは回復したご主人も、5年後に再発します。

その時にご主人がとった道は

「積極的な治療はせず、最後まで自宅で生活する」ことでした。

もちろん、看護師である妙憂さんは、治療を受けるようにご主人を説得します。

しかし、ご主人の遺志は固かったのです。

ご主人は、食べれなくなったら食べず、飲めなくなったら飲まずに2年の闘病の後に、枯れていくようにきれいになくなったのです。

妙憂さんのいう、きれいな死というのが、私にはよくわかりません。

本来、自宅で迎えていた最後が病院で治療と受けながら亡くなっていくようになって、人の死は大きく変わっているのでしょうね。

お母さん、お坊さんになるからね

妙憂さんはご主人をみとると、大学生の時に中国へ留学した時の感覚を思い出します。

それは、「自分は前世では中国でお坊さんだった」という思いです。

北京からシルクロードをたどり、後、一歩でインドというカシュガルの地にたどり着いた時のことです。

タクラマカン砂漠に竜巻が上がっているのを見た妙憂さんは「前世でここに来た」と確信したのだそうです。

この時に妙憂さんがたどった道は、なんと、三蔵法師がガンダーラへ経文を取りに行った時の道です。

ふ~ん。

妙憂さんが高野山へ行くと言ったときに、二人の息子さんがした反応が「ふ~ん」

きっと、うちのお母さんが言い出したらやっちゃうから反対してもムダと思ったのでは?

ご両親も「へ~」だったそうです。

そこで、息子さん二人を実家に預けて出家します。

この、行動力がスゴイです。


51歳での出家

妙憂さんに仏縁があったと感じられるのは

  • 「出家したいので仕事をやめます」と言ったら上司が親戚の僧侶を紹介してくれた。
  • シルクロードを旅した時に惹かれて1週間滞在した西京の青龍寺は真言宗教祖・空海が密教を恵果和尚から授かったお寺で妙憂さんの師僧は真言宗だった。
  • 出家の最終段階の「四度加行」は、本来なら50歳までの年齢制限があるのに、高野山が「仏さまにご縁があればできるでしょう」と許可してくれた。

という偶然ではなく必然と思われるところがあるのです。

玉置妙憂さんはナゼ出家したのか?マトメ

看護師僧侶として逝く人のケアにあたっている玉置妙憂さんは、もともとは法律の勉強をしていました。

しかし、長男が重度のアレルギーだったことから、30歳にして看護学校へ入学。看護師となります。

離婚を経験しますが、カメラマンの人と再婚。

次男も生まれ、しあわせの中で、ご主人が大腸がんになります。

ご主人が再発した時に自宅でのケアを望んだことから、人の死について深く感じるようになります。

ご主人の人間としての死に方を目の当たりにして、自分は本来僧侶であったことを思い出して51歳で出家しました。

仏縁に導かれ、出家した妙憂さんは、今後も看護師僧侶として人々に安らぎを与えていかれることでしょう。

最後まで読んでくださってありがとうございました。