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照寿司・渡邉貴義の経歴とパフォーマンスについて調べて見ました

白い板さんの服に赤い蝶ネクタイ、頭はスキンヘッドの寿司職人渡邉貴義さん。

その寿司を握るパフォーマンスと握った寿司のウマさから、Instagramで一気に拡散されて世界的に有名になった『照寿司』の大将です。

渡邉貴義さんは北九州市戸畑区にある『照寿司』の3代目で、世界から戸畑にやってくるお客さんが多いのです。

そんな、渡邉貴義さんはどうして3代目を継ぐことになったのか?

小さなころからの渡邉さんの様子を調べて見ました。

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渡邉貴義さんのプロフィールと子ども時代

名まえ:渡辺貴義(わたなべ たかよし)

1977年生まれの44歳(2021年10月現在)

福岡県北九州市出身。

2013年に父親が経営していた『照寿司』の後を継ぎ、3代目となりました。

『照寿司』は創業50余年の老舗です。

北九州市が五市合併した頃にできたんですね。なので、北九州市でいうとかなりの老舗になります。(京都の方からだと、まだ、出来立ての店?と言われそうですが、1964年にできた北九州市としては立派な老舗です)


寿司は生活の一部の幼少期

渡辺さんが小学生の頃の『照寿司』は、カウンターにネタケース。

仕出しも宴会もする典型的な地方のお寿司屋さんでした。

店舗兼住宅でお弟子さんたちと賄いを一緒に食べていたのだそうです。

なんか、昭和のノスタルジックなイメージですね。

フレンチのシェフに憧れた子ども時代

ぽっちゃり泣き虫の渡邉さんの夢は「フレンチのシェフ」

寿司職人は渡邉さんの将来の目標には入っていなかったのです。

中学生の時に泣き虫を卒業するために柔道を始めます。

もともと、のめり込んだら一筋のタイプなので、高校大学と柔道を続けます。

地元では柔道で有名な東海大学へと進んだのもそのためです。

柔道では優しい性格があだとなったのか、成績を上げることができませんでした。

しかし、ベンチプレスで160キロをあげ、懸垂40回、100m走は12秒をきるなどかなりのスポーツマンです。

照寿司3代目を継いだわけ

渡邉さんおお父さんの時代から、北九州市戸畑では『照寿司』さんは有名なお店でした。

でも、寿司職人の修行をせずに柔道一直線だった渡邉さんは自分で寿司を握るつもりはありませんでした。

経営者となるつもりだったのだそうです。

大手で経営のノウハウを学ぶつもりが、やっぱり故郷がいいと帰ったことから、

お父さんに修行先を決められます。

旧態依然とした修行先で学んだものとは?

厳しいけれど寿司に対する情熱が人一倍あるお師匠さんのもとで渡邉さんが学んだのは料理との向き合い方でした。

渡邉さんの料理に対する礎はこの時にできたものです。

しかし、兄弟子たちに殴られたり精神的に追いやられたり、大変な時期でもありました。

ここで、渡邉さんの素晴らしいところは

「我慢する奴が一番強い」と耐えたことです。

現在ではそんなことは通用しないことかもしれませんが、職人さんの道というのは依然としてそんなところも多いと聞きます。


エンターテイメントを追求する寿司屋

その後、ホテルで宴会の仕出しを学んだ渡邉さんは、『照寿司』にもどります。

当時の『照寿司』は宴会も多く請け負っていたので、先代から渡邉さんは板前をするように言われます。

当時していたのは、イナリ1000コ・巻寿司500・握り2000貫をつくること。

『照寿司』さん自体が大きな仕出し屋さんだったので、当時は必要なことだったのでしょうね。

有名になりたい

渡邉さんの「有名になりたい」という強い思いは、28歳で『照寿司』を継いでから、どんどん現実となっていきます。

まず、仕出しや宴会をやめて寿司屋となります。

30歳のころには食材に力を入れ始めます。

大分県中津市から店を出している魚屋さんに会ったことも大きなきっかけでした。

戸畑でこんなに良い食材が入ることをみんなに知ってほしくてfecebookを発信するようにもなりました。

#sushibaeで世界に発信

2万人を越す渡邉さんのInstagramも最初は「いいね」が3という時期もあったそうです。

しかし「#salbae」というハッシュタグで一躍世界的に有名になったトルコのシェフをみて発信を続けたのです。

北九州市戸畑区という日本の地方の小さな町のお寿司屋さんであるにかかわらず、お客さんの3割が外国から訪れるというのもSNSの力ですね。

美味しいと楽しい

渡邉さんのお寿司のパフォーマンスは美味しいだけでなく、お客様とのコミュニケーションを大切にして楽しんでもらいたいという気持ちからです。

最高の食材を使って握るのだから美味しいのはあたりまえで、そこに何かしらの楽しいがあることで満足してもらいたいと思っているのです。

渡邉貴義さんの経歴と寿司のパフォーマンス、マトメ

フレンチのシェフに憧れた少年は、泣き虫を治すために始めた柔道にのめり込みます。

大学卒業後、寿司職人ではなく経営者になるつもりで『照寿司』に帰ってきますが、先代から寿司の修行に出されます。

色々な経験を積んだ渡邉さんが『照寿司』を継いだのは28歳の時でした。

有名になりたいとの思いで、美味しい寿司に楽しいを加えたパフォーマンスを展開し、Instagramで発信。

世界中から2万人のフォロワーが着くようになりました。

SNSの力で、世界中からお客さんが来店するようになったのです。

有名になりたいとの夢がかなった渡邉さん。

これからも美味しくて楽しいをたくさん発信していくのでしょうね。

益々のご活躍をお祈りいたしています。

最後まで読んでくださってありがとうございました。