みんなが一度ならず、2度も3度もお世話になっている、三島食品の『ゆかり』
赤紫蘇があったかいご飯やおにぎりにマッチして食欲をそそります。
創業者である父親の会社を引き継ぎ、お化け退治をしながら現在の三島食品を作り上げた三島豊会長の経歴と、大ヒット商品「ゆかり」ペンスタイルについて調べました。
豊会長のプロフィールと経歴について
名まえ…三島 豊(みしま ゆたか)
生年月日…1954年1月28日生まれ(2021年現在68歳)
出身地…広島県
学歴…東京大学大学院 金属材料専門課程
趣味…ゴルフ・ピアノ・散歩・乗馬など多岐にわたる
職業…三島食品株式会社 代表取締役会長
大学院では金属を専攻していたなんて、食品とは全く違って理系なんですね。
経歴について
豊会長は、始めは三島食品食品ではなく、大学院で先行していた金属の知識を生かすために1978年京セラ(株)に入社します。
2年半ほど京セラで経験を積まれた後、1981年に三島食品株式会社に入社。
このころは、豊会長のお父さんであり三島食品の創業者でもある三島哲男さんが社長でした。
そこで、豊会長は1984年から三島食品株式会社取締役社長室付き部長になり経営に関わっていきます。
1986年に専務取締役。
1989年に取締役副社長と経て、1992年にお父さんの後を継いで代表取締役社長に就任します。
その後も、三島食品が2016年に(株)ミシマホールディングスを設立すると取締役社長となります。
2017年には三島食品株式会社代表取締役会長。
2019年に社外取締役に就任しました。
豊会長のお化け退治
豊会長が三島食品の社長となって、まず、始めたことがあります。
それは、創業者であり前社長のお父さんの意思とは関係がなく、創業以来、三島食品に残っていた形骸的指示の撤廃でした。
豊会長はこういった三島食品の古い指示の名残をなくして、自由な発想を呼び込もうとしたのです。
ここで、豊会長が素晴らしい方だと感じたのは、きちんとお父さんに確認を取っていることです。
自分の理想や思いだけでなく、ちゃんと創業者である父親に尋ねました。
お父さんの返事は「なぜそんなことを続けているのか?」と反対に今まで古い指示が生き続けてお化けになっていたことを驚かれたそうです。
掟破りな案件
創業以来の方針に縛られず、自由な発想を促す活動を『お化け退治』と銘打って掟破りを始めた豊会長に、当時の幹部の方々は「社の方針にそぐわない」と難色を示したそうです。
しかし、豊会長は「今までの掟を破って構わない」と押します。
それは、今までお化けに押しとどめられ、閉じこもっていた三島食品の社員さんたちの新しいアイデアを開放します。
既成概念にとらわれない商品開発の始まりでした。
A面とB面の両方の活動が生む新たなアイデア
三島食品では通常業務を「A面活動」
自分の好きなことにチャレンジする「B面活動」
豊会長は社員さんに「やりたいことをやってください」と言っているそうなんですが、それがこの「B面活動」なんです。
納期もノルマもなく、失敗してもいい。
それぞれが自分で考えたアイデアを持ち寄って形にする。
三島食品の強みはそこにあると豊会長はいいます。
「得意分野で、自分の好きなことをして知識を広げ、視野を広げる」確かに、やる気が出ますね。
商品の品質や作り方に一切の妥協はしない
「変なにおいがする」
あるお客様の指摘から原因を調べると、赤しその種が雑交配したものだったという経験から、科学的ににおいを分析。
交配種を選別していくうちに「ゆかり」に適した種を研究するようになったそうです。
香りが向上した高品質の原料の研究は、三島食品で今もなお現在進行形ですすんでいるとのことです。
「ゆかり」って奥が深いなぁ。
食品産業サービス業の三島食品
これは、多様化する消費者のニーズにどう対応するかを考えた際に『メーカー』という枠組みを外すために考えられたものが「食品産業サービス」です。
モノを売るからコトを売るへ変わった三島食品のフリカケたちをご紹介します。
フリカケ四姉妹とひろし
三島食品といえば
- 赤しその『ゆかり』
- 青じその『かおり』
- 梅の『うめこ』
- ピリ辛たらこの『あかり』
のフリカケ4姉妹。
それに、広島菜の『ひろし』が加わってオールキャストですが、お菓子メーカーさんとコラボしての「ゆかりあめ」やゆかりをペンスタイルにした携帯式ゆかりもヒットしています。
ゆかりはゴマ入りとショウガ入りがあります。
ほとんどの方がご飯のお供として使っていると思います。
実は、日本以外では料理にかける調味料やとして使われているそうです。
ちなみにキュウリなどの野菜にドレッシングとして使っても美味しいんですよ。
良かったらお試しください。
キャバ嬢たちにうけたペンスタイル
大ヒット商品のペンスタイル「ゆかり」ですが、焼酎にゆかりを入れて飲む豊会長は、キャバクラで、このペンスタイルの試作品を使ってみたのだそうです。
すると、大うけ!
これは絶対に売れるとふんだ豊会長は周囲の猛反対を押し切って商品化。
結果、三島食品史上最大のヒット商品となりました。
この時に豊会長の言った言葉がカッコいい。
「単なるフリカケではなく、コミュニケーションツールでもある」
三島食品と豊会長マトメ
私たちの食卓に美味しさを加えてくれる三島食品の「ゆかり」
それは、原材料の赤しその種から考えられた素晴らしい食品でした。
父親から譲り受けた会社のお化け退治をしながら掟を打ち破り、社員たちに自由な発想と好きな仕事をする楽しさを教えてきた豊会長。
これからも、お元気で、ますますのご活躍と三島食品の更なる発展をお祈りいたします。
最後まで読んでくださってありがとうございました。